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多田 麻美

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ブログ「胡同逍遥」は
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以下のサイトでもコラムを連載中です。

集広舎HP連載「北京の胡同から」
http://www.shukousha.com/column/tada/

スーパーシティ連載記事(一部)
http://www.chinasupercity.com/news/search_result.php?yp2=94&value=ART 

http://www.chinasupercity.com/news/search_result.php?yp2=103&value=HUTONG+OF+BEIJING

中国語博客「胡同逍遥」
http://zhangquanlinjing.blogcn.com/

訳著『北京再造』(王軍著、集広舎刊)
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北京・胡同逍遥/林静

12月11日

夢の中で叫ぶ

昨晩、夢の中で叫んでしまった。
 
相手に「言うことを聞け」と言われて、「ぜったいに嫌だ!」という意味の言葉を叫んだことは確かなのだけれど、
その言葉が、どう考えても日本語でも中国語でもロシア語でもない、未知の言葉。
 
「#%&=+?>!」
 
叫ぼうとしても、その声が声にならないため、焦ってさらに一生懸命大きな声を出そうとし、ある時点でふっと出るようになって、「爽快!」と思ったところで、目が覚めた。
そしたら、相棒も目を覚ましていた。どうも、本当に叫んでしまっていたらしい。別に悲惨な夢だった訳ではなく、自分にストレスがたまっているという自覚もなかったので、ただおかしくて笑い転げてしまった。
 
しかし、気になるのは、夢の中で何語をしゃべっていたのか、ということ。
 
中国語をマスターする前に日本語を忘れたらどうしよう、と昔よく心配したものだが、今は心配するどころか、「自分語」を作っちゃってるのかも。
 
それとも、宇宙人の言葉だろうか。
そういえば昔、「宇宙ねこの金星たんけん」という本が大好きで、よく布団の中に隠れて、懐中電灯で読んでいた。
 
やっぱり夜は宇宙にかぎる。
よし、今夜は金星に行ってみよう。
12月7日

好奇心のエネルギー

ある媒体の取材で、中国の日本語教育の現場をいくつか訪れた。
取材対象の中には北京市内からバスで1時間という場所も。
でも、連載の最終回ということもあって、採算度外視でがんばってみた。
その感想は、
「いやーほんとうに取材してよかった!」
 
中国で日本語を学んでいる学生の純粋さ、日本への関心の高さは、感動的といってもいいくらいだったからだ。
学んだきっかけの多くが日本のアニメやマンガのファンだからとか、日本のアイドルが好きで、とかいった点だったことについては、今の日本のそういった文化からだいぶ距離がある私には今いちピンと来なかったけれど、
 
アンケートに記入してくれた学生たちの熱心さ、「中国語で大丈夫」と言ったのに、授業が終わるまでねばって一生懸命日本語で書いてくれた男の子の姿などには、ほんとうに感謝感激だった。
しかも、目標とする日本語レベルの第一位が、「日本人と話ができる程度」。そしてほぼ100%近くが、「日本人の友人がほしい」と回答。

「いつか日本に行って、現実の中の日本を見てみたい」といった答えもあり、ジーンとした。彼らにはいつかぜひ日本に行って、本物の日本を見て、たくさんの日本人と接してほしい。
アニメの中ほど刺激的でもなく、小説の中ほど美しくもなく、ドラマの中ほどドラマチックでもないかもしれないけれど、こちらの戦争ドラマに出てくる日本ほどには残虐ではないから・・・。
 
振り返れば、私が十数年前に日本で中国語を学び始めた頃は、ちょうど中国語を学ぶ学生が増え始めた時期だったが、
その多くは「単位が取りやすいから」とか「就職に有利だから」とか、そういった理由で中国語を選択していたようだった。
その頃、就職希望の友人に、「中国語やってるから、就職に有利なんじゃない?」と励ましたつもりで言ったら、
「え~、でも就職できても中国に飛ばされたらやだな~」
と返されて、びっくりした思い出がある。
異国の地でばりばり働けるなんて面白そう、という私の中の感覚との距離に強い違和感を覚えたのだ。
 
当時から大学には中国人留学生がたくさんいたけど、中国語を勉強している日本人学生で、彼らに積極的に話しかけていた子がどれだけいたかも疑問。少なくとも、「中国人と普通に会話できること」を目標に勉強していた子って、いたとしてもほとんど目だたなかった。
 
ちょっとした差だけれど、何だか、中国がどんどん発展している理由の一つはここにあるんじゃないかな、と思う。外国に行っていろいろ見てやろう、
吸収してやろう、という好奇心。メディアの情報に頼らず、ぜひとも自分の目で、という気持ち。なんだかパワフルで素敵だ。
その気持ちは、機会や情報(ネット上の情報は別として)が限られているだけに、きっとより強くなりやすいのかもしれない。
 
数年後、彼らの内のどれくらいが日本に行っているのかな?日本への批判、失望の声も含めて、ぜひ彼らに感想を聞いてみたい。実際の目で見たことで、中国の思わぬ良い面が見えてきたとしたら、それはそれで収穫だと思う。
 
というわけで、
今回取材に協力してくれた7人の日本語教師の方々と、108人の学生たちに、心から「ありがとう」と言いたいです。
彼らの熱心さから、何だかエネルギーを分けてもらったような気持ちです。
11月19日

映画の選択

中国の映画ファンなら、多くの人がチェックしているだろうと思われるのが、晩十時前後にCCTV6で流される映画番組。

たまに「おおっ」といい意味で予想を裏切るいい映画が流されるので、私も時間のある限りチェックしている。

恐らく規制のせいでゴールデンタイムは国産映画しか流さないCCTVも、この時間帯は外国映画OK。というか需要が多いのか、流される映画のほとんどが外国映画だ。

国のお誕生日を間近にひかえた期間はやはりお堅い映画が多かったが、その後は内容が豊富になった。

この映画の選択について、私はずっと素朴な疑問を抱いていた。
ウイグルでの騒ぎの余熱がまだ冷めていないように感じられていた頃、「ダンス・ウィズ・ウルブズ」が流されたからだ。

原住民を迫害し、その土地を奪っていった白人たちの姿と原住民の優れた文化を描いた映画だが、この映画を私はとても素晴らしい作品だと思ってきた。アメリカの文化については辛口の感想もある私だが、このような映画が撮れて、発表できて、評価される、というアメリカの文化の土壌については、感服せずにはいられない。

因みに、監督兼主演のケヴィン・コスナーにはインディアンの祖先がいるといわれている。

中国でこれが放映された時、気になったのはエンディングだった。結局インディアンの集落は白人によって失われてしまうからだ。そもそも2時間を超える長い映画である上にいろんなコマーシャルが長々と入ったため、放映が終わったのは深夜2時前後だったと思う。だが、きちんと最後まで流れた。集落が失われたことを説明する文字も、時間は短かったように思えたが、ちゃんと映った。

あんな大きな事件が国内で起こった後で、こんな「考えさせられる」映画を流すとは、と、私は映画の選択にも、また番組を主催している某乳製品メーカーにも感心した。
この国はやっぱり徐々に「開放」に向かっているのかな、と思うとともに、ただ当局のチェックが甘かったのでは?とも思った。

だが、その後、またドキリとすることがあった。
それは、大学生が遊泳禁止地区で泳いで溺れ、周りの漁民に助けを求めたが得られず、死亡するという事故が起こったばかりの時だった。

なぜ、漁民は助けなかったのか。彼らは実は水死者の引き上げを商売としており、まだ生きている人間は法外の代金が得られない限り、助けないという方針をとっていたからだ、という。彼らの言い分によると、若者は親に自分が溺れたことを言えないため、金がとれないのだ、という。

このニュースを見た時、私は「黒猫白猫」路線もここまで行き着いたか、とあきれ返った。マフィアの影も感じた。

そんな時にCCTVで流れたのが「守護神(The Guardian)」だった。海で遭難した人々を助けるレスキュー隊員の卵が、人間としても、またプロの隊員としても成長していく物語で、主演は先ほどのケヴィン・コスナーだ。
この映画の重要なテーマの一つは、命の大切さ、それを救う職業の崇高さだ。レスキュー隊員が海軍の兵隊に見下されているという状況なども丁寧に描かれていた。

国民を「教え諭す」ための押しつけがましい国策映画には飽き飽きしている私も、この放映の教育的もくろみには脱帽した。

その反面、一見比較的自由に見える番組枠の中にも、しっかり迅速に「配慮」が行き届いている、ということに、ドキリとした。その配慮がどこから来たものであれ、大衆メディアの役割と効果というものについて、ここまではっきりと自覚し、それを巧みに利用できるとは。 やはりテレビに関しては、当局のチェックが甘いなんてことはめったにないのだ。

この映画番組では、新しい映画の配給やその主演スターの来中の前に、その主演スターの以前の作品を流すこともよくある。恐らく、配給会社かどこかが出資するのだろう。

だが、もうじきケヴィン・コスナー映画が北京に来るという噂は聞いていない。
もちろん、それも「あり」なのが、今のこの国の現実なのだが。
11月3日

復活!

完成が遅れに遅れていたある本の執筆(もともと無茶な企画ではあった)だが、
やっとめどがついた
うまくいけば、来年1月に中国語と日本語で1冊ずつ本が出せそう。
これで、
「ブログを書いている暇があったら、本を仕上げてくれ」
という声が怖くて書けなかったブログが書ける!

でも、現実は甘くなく、締め切りが前に山のように控えている。

これでも、中国で結婚届けを出した時は、すんでのところで相棒と同じく「無職」扱い。
思わず意地をはって、「職業はある!」と言ってしまった。

この国では、「単位(職場の組織)」がないと正式な書類では無職になってしまう。
少し前、新聞の記事に

無職なのに個人資料では「就職ずみ」とされ、聞いたこともない職場の名前が書き込まれていた、という人の話があった。

失業者の統計のためには、「無職」も「有職」にしてしまう。
まだまだここは「不思議の国」です。
10月2日

お誕生日のお祝い

今日は、私が滞在している国の、60歳の誕生日でした。
戒厳令がしかれていたので、通りに人や車の影は少なく、頭上には汚染されていない、深く青い空が広がっていました。

繁華街では、あちこちでボリュームを大きくして、式典のテレビ放送を流していました。

商店街は休業。道沿いの多くのお店も閉店中という中、でも敢えて開いている店もありました。

生活のため、というお店もあるでしょうし、ただ年中無休が習慣で、という所もあるでしょう。
でも、マスゲームのように皆といっしょに「右へならえ」ではなく、私は私のペースでいく、という所もあったようです。

飼い鳩も凧も飛ばしてはいけない、という今日、通りで自由気ままに自分の時間を過ごしていた人のほとんどは、若い人でした。
根が個人主義の私は、共感を覚えました。

国の大事なお誕生日を社会全体でお祝いしたくなるのは当然ですが、私は私の祝い方をする、私は祝いたくない、という人を許容できる社会ってすばらしいですよね。

こんな「ゆるさ」が、この国の活気を支えているのだと私は信じています。
 
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